名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)4261号 判決 1997年3月28日
原告
冬頭則子
被告
三井海上火災保険株式会社
主文
一 原告の被告に対する本件請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、金六〇〇万円及びこれに対する平成七年一一月二八日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
【訴訟物―保険契約に基づく保険金請求権及び商事法定利率による遅延損害金請求権。】
第二事案の概要
本件は、被告との間でその所有する自動車につき車両保険契約を締結していた原告が、訴外人が右自動車を運転していて自損事故を起こし、保険事故が発生したとして、右保険契約に基づき、被告に対して、車両保険金を請求した事案である。
一 争いのない事実(弁論の全趣旨による認定を含む。)
1 保険契約の締結
原告は、平成六年一〇月二九日、その所有する車両について、被告との間において、次のような内容の保険契約を締結した。
(以下「本件契約」という。)
(一) 証券番号 第〇五九二五六八八一二号
(二) 保険種類 自家用自動車総合保険(SAPワイド一〇〇〇)
(三) 保険期間 平成六年一〇月二九日から平成七年一〇月二九日午後四時まで
(四) 保険料 金四九万四〇四〇円(一一回分割)
(五) 被保険車両 尾張小牧三三ほ四七一六(以下「原告車」という。)
(六) 担保の種類 対人賠償等の外、保険金額金六〇〇万円の車両保険
(免責あり)
(七) 特約 二六歳未満不担保
なお、右の特約の年齢条件は、平成七年六月一日から二一歳未満不担保に変更された。
(八) 約款の規定 自家用自動車総合保険普通保険約款第五章車両条項第一条第一項
「当会社は、衝突、接触、墜落、転覆、物の飛来、物の落下、火災、爆発、盗難、台風、こう水、高潮その他偶然な事故によつて保険証券記載の自動車(以下「被保険自動車」と言います。)に生じた損害を、この車両条項及び一般条項に従い、被保険者(被保険自動車の所有者を言います。以下同様とします。)に対しててん補します。」
2 事故の発生
別紙事故目録記載のとおり。
3 原告の事故説明と要求
原告は、本件事故は、原告車の運転者訴外冬頭良康(以下「訴外良康」という。)の過失による自損事故であり、保険事故が発生したとして、原告車は炎上して全損の状態にあるから、被告は原告に対して保険金六〇〇万円の支払義務があると主張しているのに対して、被告は、保険事故にあたるかについて疑義があるとして、右車両保険金の支払を拒絶している。
二 原告の主張
本件事故は、訴外良康の過失による自損事故であり、正に車両保険の適用のある事故であるから、被告は原告に対して本件契約により保険金六〇〇万円を支払う義務がある。
三 被告の主張
被保険者が、被保険自動車について、車両保険金を請求するためには、原告において、前記約款の規定のとおり、偶然な事故によつて原告車に損害が生じたこと(保険事故が発生したこと)を主張立証すべき責任がある。
ところが、本件事故については、種々の間接事実を総合すると、原告主張の日時、場所において、訴外良康が偶然交通事故を起こし、その事故を原因として原告車に火災が発生したということはありえなかつたと断言できるものである。
四 本件の争点
1 本件事故は、原告主張のとおり訴外良康の過失による保険事故にあたるか否か。
2 原告車の価格はどの程度か。
第三争点に対する判断
一 本件事故が保険事故に当たるか(争点1)について
1 前記の争いのない事実のとおり、本件事故が発生したことについては当事者間に争いがないが、本件事故が、原告主張のとおり訴外良康の過失による偶然な事故であるか否かについて検討するに、これを裏付ける証拠は訴外良康の証言となるが、その結論としては、後記で認定のとおり、右証言は極めて曖昧であつて、これを採用することができず、本件全証拠によるも、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
2 そこで、訴外良康の証言に基づいて、その証言の信用性を中心として、もう少し詳細に本件事故が原告主張のとおり訴外良康の過失による偶然な事故であるか否かについて検討する。
前記の争いのない事実に加えて、その成立につきいずれも当事者間に争いがない甲第一号証、乙第一号証の一ないし四二、乙第二号証の一ないし一二、乙第三号証の一ないし三(いずれも被告主張のとおりの写真であることにつき争いがない。)、乙第四号証の一ないし一九、乙第五号証の一ないし七、乙第六号証の一、二、乙第七号証、乙第八号証、証人城智行の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。
(一) 本件事故は、その日時としては平成七年七月一七日午前一時一〇分ころという深夜であつて、人や車のほとんど通行しない時間帯であり、本件事故現場は民家から離れた所で、いわゆる切りどおしとなつている場所であること、
(二) 本件事故のきつかけとなつた訴外良康の原告車への乗車の経過に関してであるが、訴外良康の証言するところによれば、訴外良康は、修理業者訴外吉野耕司(以下「訴外吉野」という。)のところに原告車を取りに行つた帰りに本件事故に遭遇したというものであるが、右の修理業者は夜間は従業員のいない所であり、そのような無人の修理工場に深夜の午前一時ころに、その修理を依頼した原告車を取りに行くという行動自体が通常では考えられないこと、
しかも、訴外吉野からは、平成七年七月一三日か一四日に原告車の修理が終了し、保管場所がないことから、早く取りに来てほしいとの連絡を受けながら、前記のとおり、訴外良康は、平成七年七月一五日(土曜日)や平成七年七月一六日(日曜日)の日中までには行かずに、平成七年七月一七日の深夜に敢えて行つていること、
(三) 訴外吉野の修理工場における原告車の保管場所につき、訴外良康は、前記日時に原告車を取りに行つたとき、原告車はその工場の敷地内に置いてあつた旨証言するが、訴外吉野は、工場の敷地の外で工場西側の田んぼの畦道に原告車を青空駐車させておいたと述べていることから対比すると、その保管場所はまつたく食い違つており、訴外良康がそもそも本件事故当時に前記訴外吉野の修理工場に原告車を取りに行つたこと自体疑問であること、
(四) 本件事故の態様については、
(1) まず、訴外良康は、時速約一〇〇キロメートルで本件事故現場付近を走行していたときに、本件事故に遭遇した旨証言するが、本件事故現場付近の地形としては当該道路はカーブしていることや、その走行していた時刻が深夜であつて、少し霧がかかつていてその見通しが悪かつたというのであるから、そもそも本件事故現場付近を時速約一〇〇キロメートルで走行していたという訴外良康の右証言自体が信用性に欠けること
(2) そして、具体的には、訴外良康は、原告車を時速約一〇〇キロメートルで走行させていたときに、本件事故現場の山腹法面(土手)に衝突した旨証言するが、現実には、同法面(土手)には原告車が衝突した痕跡はほとんど残つていないこと、
(3) しかも、訴外良康自身についてみてみるに、仮に訴外良康がシートベルトを装着していたとしても、少なくとも右ベルトが身体に強くくい込んで挫傷等が生ずるはずであるのに、訴外良康は、首が痛かつただけで外傷はなかつたこと、身体を打つていなかつたし、あざもできていなかつたこと、したがつて、医療機関でその治療を受けたこともなく、本件事故当日の平成七年七月一七日の午前一〇時には出勤もしていたことをそれぞれ証言するが、自動車が時速約一〇〇キロメートルで走行していて山腹法面(土手)等に衝突した場合には、仮にどのように身構えていたとしても極めて強い衝撃を受けて相当に重症な傷害を受けることは公知の事実であるから、右訴外良康の各証言はまつたく信用性がないこと、
(五) 次に、原告車の最初の火災状況(以下「第一次出火」という。)等については、
(1) 原告車の出火状況につき、訴外良康はさまざま証言するが、最終的には、原告車のどこから火が出たかについてははつきり証言することができず、よく覚えていない旨の証言に終始していることから、原告車の出火時点において、訴外良康が本件事故現場に所在していたこと自体疑問であること、
(2) 訴外良康の証言によれば、原告車の前部が本件事故現場の山腹法面に衝突したのであるから、その前部に大きな損壊がおきているはずであるのに、訴外良康は、原告車の後部のエンジンルームから火が出たのをルームミラーで見た旨証言していること、ところが、訴外良康は、衝突後に一旦原告車から降りて、原告車の後ろから道路に出てから再度原告車の後ろをまわつて原告車に乗つてエンジンをかけたとも証言し、出火直後の行動としては、訴外良康の行動はきわめて不可解であること、
(3) さらに、訴外良康は、出火直後において、当時携帯電話を所持していたものであるが、火災の一報を最寄りの消防署に連絡するのではなく、愛知県小牧市内に居住していた兄である訴外冬頭孝司(以下「訴外孝司」という。)に連絡するという行動に出た旨証言するが、これも咄嗟の行為としては緊急に消火活動を依頼するであろう通常人の行動と対比するとき、きわめて不自然であること、
しかも、訴外良康が証言するところの、連絡を受けた訴外孝司の現場への到着時間が、本件事故現場と訴外孝司の居宅との距離関係等からみるときわめて早すぎること、このことは、その後の後記の第二次出火の際に出動した地元の消防車の到着時間と対比するとき一層明確になり、この点からも、右の一連の訴外良康の証言はきわめて信用性に欠けるものであること、
(4) そのうえ、訴外良康は、エンジンルームからの出火を見てから訴外孝司が来るまでの間に、原告車のどの部分が、どのように燃えていたかの具体的な様子についてほとんど記憶しておらず、およそ本件事故現場に臨場していた者の証言として理解できないこと、また、訴外孝司が到着してからの、訴外孝司と二人で実施した原告車の消火活動についての訴外良康の説明も曖昧であり、かつ、不自然であること、
(六) 第一次出火後の訴外良康及び訴外孝司の行動につき、訴外良康の証言によれば、訴外孝司は、乗つて来た訴外孝司の自動車で訴外良康を自宅に送るというのではなく、訴外良康に再度前記の訴外吉野の修理工場に戻り、その場に置いてあつた訴外良康が同所に乗つて行つた自動車で別々に帰宅することになつたというものであるが、右行動は、第一次出火直後の特に訴外良康に対するものとしてはきわめて不自然であること、
(七) 続いて、原告車の二度目の火災状況(以下「第二次出火」という。)等については、
(1) 訴外良康は、一旦本件事故現場を離れ、前記の訴外吉野の修理工場から、その場に置いてあつた自動車で再び本件事故現場に差しかかつたが、その往復の時間が判明しないなどと証言し、第二次出火までの訴外良康及び訴外孝司の前記行動の真実性について大いなる疑問点があること、
(2) 原告車の再度の出火状況につき、訴外良康は原告車から炎が上がつていた旨証言するが、これも前と同様に、原告車のどこから火が出たかについてははつきり証言することができず、よく覚えていない旨の証言に終始していることから、原告車の再度の出火時点において、訴外良康が本件事故現場に所在していたこと自体疑問であること、
(3) 原告車の焼毀状況については、結果として原告車はその後部のバツクパネル及びリヤースボイラーだけを除いて完全に焼毀しているが、燃焼状況についての訴外良康の前記証言によれば、原告車の後部のエンジンルームから火が出たというのであるから、その出火部位及びその近くの部位の燃焼度が高く、最も出火場所から遠い前部の一部に焼け残りが生ずるのが道理である。ところが、前記のとおり原告車は、その後部のバツクパネル及びリヤースボイラーだけが焼け残つているのであるから、訴外良康の前記証言は明らかに明白な事実とは矛盾していること、
(4) また、そもそも第一次出火の際、訴外良康は、訴外孝司が持参して来た二本の消火器でその火を鎮火させたと証言していることからして、およそ再出火の原因は考えられないこと、
<以上の認定に反する訴外良康の証言は、前掲の各証拠に照らして、いずれもこれらを採用することができない。>
3 判断
(一) 以上2で認定した各事実を総合すれば、本件事故は、原告主張のような訴外良康の過失によつて発生したものとはとうてい認め難い。
そして、本件全証拠によるも、他に、本件事故が、訴外良康の過失による偶然な事故である旨の原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。
したがつて、前記争いのない事実1のとおり、本件契約の約款の規定により、被告は、原告に対して、本件事故に関して、本件契約に基づく車両保険金の支払義務を負つていないものというべきである。
(二) そうすると、その余の点(争点2)について判断するまでもなく、原告の本訴請求はその理由がない。
二 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、理由がないので、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 安間雅夫)
事故目録
1 日時 平成七年七月一七日ころ
2 場所 愛知県犬山市田口二丁目一番地先道路
(以下「本件事故現場」という。)
3 態様 原告車が炎上した。
以上